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JP-MIRAI外国人相談・救済パイロット事業(JP-MIRAIアシスト)(JICA実施分)

外国人とともにつくる未来――外国人支援のささえ手インタビュー

岩田 一成さん(聖心女子大学教授)

「やさしい日本語」で日本の公文書を変えていきたい

日本が多文化共生社会に向かう上で問題になるのがことばの壁。そこで注目されているのが、日本語に不慣れな外国人にも理解しやすい「やさしい日本語」です。この動きを加速するためにも、難しい行政文書などをわかりやすい日本語に書き換えていこうと提言しているのが、聖心女子大学教授の岩田一成さんです。「やさしい日本語」が持つ可能性と、岩田さんが考える日本人にもやさしい日本語の必要性について、研究者ならではの多角的な視点で話してくださいました。
(ライター:金子恵妙)


プロフィール

岩田 一成さん(いわたかずなり)(聖心女子大学現代教養学部日本語日本文学科教授)

1974年、滋賀県生まれ。大阪大学大学院言語文化研究科博士後期課程修了。博士(言語文化学)。専門は日本語教育学。元青年海外協力隊隊員(中華人民共和国内蒙古に赴任)。国際交流基金日本語国際センター・広島市立大学を経て現職。近著に①『新しい公用文作成ガイドブック わかりやすく伝えるための考え方』(日本加除出版、22年)、②『「やさしい日本語」で伝わる! 公務員のための外国人対応』(共著、学陽書房、20年)など。

自治体や病院が出す文書をわかりやすく書き換える

――岩田さんが取り組んでいる「やさしい日本語」について教えてください。

 今「やさしい日本語」は、いろいろな意味で使われています。イメージしやすいのは、外国人向けに易しく書き換えた日本語でしょう。もちろん、そうした取り組みも進めていかなければなりませんが、それ以前に母語話者にも伝わりにくい悪文(と言いたくなるような文章)は、世の中にあって、私はそれを普通にわかる日本語にもっていきたいと思っています。必要以上に抽象的でごまかしている書き方とか、法律文をいちいち散りばめた高圧的な文章はなくなったほうがいいと思いますね。

――どういった種類の文書に多いですか。

 例えば、役所がつくる公用文です。自治体から来る通知文等を見ると、何が言いたいのかわからないことがあります。病院が出す文書にも多いですね。学者としては、そこにどんな心理が働くのかに興味があります。例えば、お金の話(相手に費用負担を求める話)なんかは、オブラートに包まれた形で長々と書いてあります。読み手はむしろそこが一番知りたいはずなのですが。今までは読み手が日本語に不自由のない人という想定でしたが、これだけ外国籍の方が生活者として増えてくると、今までのようには通用しなくなると思います。

――具体的にはどんな取り組みを。

 自治体や病院の文書書き換えのお手伝いをしたり、自治体職員向けの研修やワークショップをしたりしています。自治体の書き換えでは各部署が作成した文書を1年かけて書き換えて公開したところもあります。研修については、参加する若手職員は意欲的な方が多いです。ただ、せっかくわかりやすく書いた文章でも上司が元に戻してしまうと訴えてくる人もいます。なかなか根深くて、そんな簡単にはほつれた糸は治らないなと感じますね。文書がわかりやすければ、市民からの問い合わせとか提出物の不備が減って、事務コストの削減になると思うのですが。


日本人の識字率や読解力は思ったよりも低いかもしれない

――「わかりやすさ」はどうやって判断するのですか。

 日本語教育では、例えば上級日本語といってもテキストは書き下ろしで、起承転結とか因果関係がかっちりしたものしか使っていません。ですから、僕たち日本語教育関係者は、こういう文章なら外国人にわかるというのが刷り込まれています。そこから見ると自治体が出している文章というのは、非常に癖が強い。例えば何かの料金が上がるという時も、料金が上がるという話ははっきり書かず、でも長々書いてあって、最後まで読んだところで、もしかして料金上がるのかなと。高い推察力が求められます。

――確かにすんなり頭に入ってこない文書が多いですね。

 母語話者については、「日本は識字率が99%だから」と言う人がいますが、あれは根拠があやしいことを多くの人が指摘しています。『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』の著者である新井紀子氏は、その本で「中学生の半分が教科書も理解できていない」というデータを出しています。私自身も日本人が全員読めるというのは幻想じゃないかと思っています。日本は1955年以降リテラシー調査をしていません。母語話者の何割くらいがどんな文章なら読めて、どう書いたら読めなくなるとか、そろそろきちんとそういった点を調べていかないとと思っています。


ドイツには障害者用、外国人用、自国人の3つの「プレインランゲージ」がある

――お話を聞いていると、「やさしい日本語」は多文化共生に走っていく日本を効率的に回すために必要な領域だと思いますが、批判的な意見もあるのですか。

 自治体職員向けのアンケートで「日本語の豊かさがなくなる」と書いてくる方が一定数います。市民調査でも同様で、比較的年齢の高い教養のある方にそうした意見が多いように思いますね。私は、いくら豊かな表現で書いても、伝えたいことが伝わらないならお知らせの意味はないと思っています。
こうした議論のためにも、「やさしい日本語」には、母語話者向けに公用文などの日本語を書き換えたものと、非母語話者向けに普通の日本語を簡単にした外国人向けのものがあることを知ってもらう必要はあると思います。出入国在留管理庁の「在留支援のためのやさしい日本語ガイドライン」では、この2つをステップ1、ステップ2として説明しているので、一度見てみるといいと思います。

――外国にも日本でいう「やさしい日本語」のようなものはあるのですか。

 全部を把握しているわけではないですが、欧米先進国ではどこもプレインランゲージ(やさしい言葉)運動を何かしらやっていると思います。ドイツでは知的障害者向け「やさしいことば」、外国人向け「平易なことば」、自国の人向け「市民に近い行政のことば」と用語を3つに分けています。さらに政府の文章をチェックする外部機関があります。これはすごく優れた制度だと思っています。日本でもそういう機関ができるといいと思いますね。あと、アメリカニューヨーク州では、1978年にわかりにくい文章に罰金を課す法律ができています(海外の話は近著①にまとめています)。


外国人の割合が10%を超えると、自治体は変わらざるを得なくなる

――岩田さんの目から見て、「やさしい日本語」の未来はどうなっていると思いますか。

 多民族国家は絶対に文章がストレートになっていきます。そうしないと伝わらなくなりますから。日本は今のところ外国人の割合が2%台なので、これが10%、15%ぐらいになってくると変わらざるを得ないでしょうね。例えば、役所が制度疲労するとか窓口がパンクするとか、そういうことが起きて、自然にコミュニケーションがシンプルな方向に向かっていくということです。それは既に外国人が多い自治体の状況を見てもわかります。真剣に外国人対応に取り組んでいる自治体は、東京都新宿区とか、横浜市中区とか、名古屋市中区とか、いずれも在住外国人の割合が10%を超えているところです。


全力じゃなくても自分のペースで地道にしぶとく進む

――岩田さんがこの分野の研究を続けることができたのはどうしてですか。

 周りからの刺激に影響されています。多文化共生分野では、一生懸命やっている人が多くて、それをお手伝いしているような感じです。私は地道にマイペースに続けています。自分の軸は研究であり、求められたときに説得力のあるデータをすぐに出すことが研究者としての務めだとも思っています。

――学生時代に今と繫がる体験などは。

 大学時代にバックパッカーでアフリカとかヨーロッパを旅したことが、もしかすると今に繋がっているのかなと思いますね。アフリカではさんざん騙されたし、ドイツとかスウェーデンでは英語が結構通じましたが、当時のフランスとかイタリアでは、僕が泊まったような安宿エリアだと英語は通じませんでした。その後中国で3年暮らしますが、そこでも英語って万能じゃないんだなと思い知りました。バックパッカー時代の最後の日の日記には「日本語ができない人に自分はやさしくなります」って書いてあって、それが大学5年生の夏でした。

――多文化共生に興味はあるけど、そんな熱量高くはできないという人もいます。

 私も熱いタイプではありません。割と気楽にやっているところがあります。みんながみんな全力で取り組めるわけじゃないと思っています。ただ、自分でもしつこい性格かなと思うところはあって、本当にフルの努力じゃなくてもその5%とか10%で地道に続けている感じです。そうやって続けていれば、何かしらの未来に繋がるのではないかなと思っています。多文化共生とか「やさしい日本語」に少しでも興味があるなら、ぜひ一歩足を踏み出してほしいですね。日本語への書き換えをしてみるのもいいし、地域の日本語教室でボランティアしてみるとかそういう形から始めてみるといいのではないでしょうか。


インタビューを終えて

「やさしい日本語」とは、日本語が十分に扱えない外国人に対して、ゆっくり、はっきり、わかりやすい言葉を使用するという技法のことだと単純な見方をしていました。しかし、実際には私たちが一つの共同社会でより公平に生きるための術であり、日本語ネイティブの日本人にも大きな利益をもたらす社会改善の足がかりなのでしょう。そして、普段何気なく接する日本語も、言語、社会、法律など異なる観点で眺めたら、ここまで新鮮な刺激で溢れているのかと驚嘆さえしました。「日本語」を軸として、日本語教育学専攻の学生、バックパッカー、青年海外協力隊隊員、国際交流基金職員、そして大学教授と多彩なキャリアを積み上げてきた岩田さんの味わい深さに脱帽です。

株式会社ソーシャライズ代表取締役社長 中村拓海(なかむらたくみ)
1990年東京都生まれ。一緒に学ぶ留学生が就職活動に失敗し、帰国していく様子を見て大学時代に起業。留学生の就職支援と外国人雇用のコンサルティングを行う。外国人の採用・定着や自治体の外国人受け入れに関するセミナー政府機関向けの調査・提言、大学でのシンポジウムのファシリテータ―、日本起業と留学生のマッチングに関するレポート執筆など、活動の幅は多岐にわたる。お坊さんによく間違えられるが、世界各国のお酒に目がない。
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