行動原則実践事例紹介 第16回 榑松佐一さん

2023年03月03日

本企画では、会員各位の外国人受入れ事例を紹介しています。

第16回でご紹介するのは、榑松佐一さんです。榑松さんは個人会員としてJP-MIRAIに参加され、2022年度上半期活動報告会での発表が会員相互の投票にて優秀賞に選ばれました。
榑松さんの同活動報告については右記リンクからご覧頂けます。https://jp-mirai.org/jp/activity-reports-ja/2022年度上期jp-mirai会員活動報告会実施報告/(ページ一番下に榑松さんの活動報告動画・資料を掲載しています。)

2月初旬に、オンラインインタビューを実施しました。

<JP-MIRAI会員活動報告会優秀賞の表彰状を手にする榑松さん>

Q. 榑松さんのプロフィールを教えてください。

私は1956年生まれです。1978年名古屋大学理学部を卒業後、現コープあいちに就職し、2000年から愛知県労働組合総連合(愛労連)事務局長・議長を務め、2019年にコープあいち職員に復職しました。
2007年より外国人研修生の支援を始め、その後「外国人実習生SNS相談室」を開設しています。本もいくつか出版しており、直近では「コロナ禍の外国人実習生: 外国人実習生SNS相談室より」という本を出版しました。この中ではJP-MIRAIのことも紹介しています。
*「コロナ禍の外国人実習生: 外国人実習生SNS相談室より」紹介サイト

Q. 榑松さんのJP-MIRAI入会の経緯について教えてください

先にお話したように、私は「外国人実習生SNS相談室」を開設しています。そんな中、KOKOROプロジェクトを主宰している毎日新聞の岩崎さんから私の方で扱った相談事例をKOKOROのウェブサイトで紹介したいという話がありまして、現在2つほど事例が載っています。
参考:岩崎さんによるJP-MIRAIでのセミナー:KOKOROプロジェクトの紹介および「技能実習生の側からみた満足・不満足の分かれ目」
KOKORO記事の中に私の連絡先があり、それをご覧になったJICA中部の方と宍戸さん(JICA理事長特別補佐/JP-MIRAI事務局)が3年前、JP-MIRAI立ち上げに際して会員になりませんかと直接勧誘に来られたんです。それがきっかけで入会しました。

Q. JP-MIRAIでは、会員企業・団体に、「責任ある外国人受入れのための5つの行動原則」(https://jp-mirai.org/jp/about/code-of-conduct/)を実践して頂くよう呼び掛けています。下記の行動原則に関連する取り組みを教えてください。

行動原則2「外国人労働者の人権を尊重し労働環境・生活環境を把握し、課題の解決に努めます。」の実践をしています。昨年11月18日の「会員活動報告会」では、私に相談してきた外国人の事例紹介および私の課題意識について発表させて頂きました。

Q. 榑松さんが外国人の相談を受け始めた経緯を教えて頂けますか?

2007年に愛知県のベトナム人研修生が横浜の教会に逃げ込むという事件がありました。これが当時愛労連の事務局長を務めていた自分のところに連絡があり、この相談を受付けたのが始まりでした。それはこの研修生にとどまらず、100人のベトナム人研修生が強制帰国させられるという事件だったのです。この研修生たちが話を聞いて愛労連に駆け込んできました。
私が入国管理局(以下入管)に話を聞きに行ったところ、入管曰くこの会社では適正な研修が受けられないから帰国してもらうというのです。驚いたのですが、入管から渡されたガイドラインには、研修先に不正があった場合、研修生を帰国させる(帰国指導)と書いてあったのです。
また彼らは時給300円で働かされていたのですが、当時一年目の研修生は労働基準法の適用外となっていました。私は1カ月かけて様々な資料を揃え国会でこの問題を質問してもらいました。そこで厚生労働大臣が「そのようなことがあってはならない」と答えたのです。この大臣答弁後すぐ、100人の研修生は強制帰国を免れ、全員他の会社に移籍することができたのです。この年末にはガイドラインが改正され、研修先に不正があった場合、他の研修先に移籍できることになりました。

この話が外国人の皆さんに伝わると、途端に次から次へと私に電話がかかってくるようになりました。当時は研修生を時給300円や400円で働かせているところがあちこちにあり、マスコミも取り上げるようになりました。これが社会問題となる中で、2009年7月の国会で入管法が改正(2010年7月施行)、1年目から実習生として最低賃金など労働法が適用されるようになったのです。

その後しばらくは相談が減っていたのですが、2015年頃から外国人実習生からの相談が増えてきました。2022年は年間50件の相談でしたが、その前年(2021年)の相談は年間98件に上りました。
このうちコロナ禍で帰国する飛行機代が高騰し、全額を払ってもらえないという相談が30件ありました。法務省に聞くと全額受入れ機関が出すべきだと言うのですが、技能実習規則には、受入れ機関は「円滑な帰国に努めること」としか書いてありません。これでは外国人技能実習機構や入管の現場では法務省の方針をいちいち受入れ機関に説明しなければなりません。そこで法務省に要請し、法務省のホームページに「監理団体が帰国旅費の全額を負担」と書かれるようになったのです。
地方の現場職員は中央省庁に意見を言えません。私は彼らの声を聞いて中央省庁に伝えることが多いです。

Q. 多い時で年間100件近くの相談を受けられているとのことですが、これはすべて無料でしょうか?無料であれば、それほどの膨大な作業をこれほど長く続けられているモチベーションを教えてください

全て無料で相談を受けています。スマホ1本ですので、経費はほとんどかかっていません。6か国語の通訳さんがいますが、彼らにも無償で手伝ってもらっています。もちろん、時間だけはかかります。けれども、もともと私は労働組合で労働相談もやってきましたし、生活保護裁判の事務局長もやっています。いろいろ困った人が私のところに来ます。
また、自分も貧しい農家の出なので、30年前にベトナムに行ったときに自分の貧しいころを思い出したのです。ベトナムの農家の子たちが出稼ぎに来る状況は、昔の自分とかなり共通する面もあったのです。ですから、今の外国人の技能実習生を見ると、いろいろ感じるものがあります。

Q. 榑松さんは外国人の相談を受ける中で、どのようにその相談に対応しているのですか。その中で感じられることをお話いただけますか?

私は個別の企業とは折衝せず、すべて外国人技能実習機構に私が実習生の代理人となって申告します。労働基準法に抵触する問題がある場合、労働基準監督署は本人しか申告を受付けないので、申告書に連絡先として私の名前を書いてもらいます。その中で、実習機構や労基署と連絡・調整して指導してもらっています。
技能実習法ができてから実習機構や入管に提出する書類がとても多くなり、書類処理に追われて個別の調査に行くことがなかなかできていません。この5年ほどで実習生が2倍になっても職員は2倍には増えないのです。そして、機構に提出される書類に嘘が多いこともみんな知っています。海外では10万円出せば大学卒業証明書も作ってもらえます。でも機構職員がその真偽を審査することはとても困難です。私は実習機構の職員の皆さんがとても忙しいことを知っているので、彼らが困難な調査をしなくてもいいように、必要な証拠を全部集めて実習機構に提出します。そうすると彼らも動きやすくなるのです。
こうして集めた事実関係を整理して、制度改正の意見書を出し、本を書いてきました。2016年の技能実習法審議では法務委員会公聴会で意見陳述を行いました。
技能実習制度について感じる問題点は、機構が監理団体をきちんと監督できていないこと、監理団体も受入れ企業を監理できていないということです。実習機構は全国3,500の監理団体を1年に1回、6万5千の受入れ企業を3年に1回定期監査しなければならないのですが、実際には回り切れていません。実習生の受入れ企業は労基署も入ることができますし監督しやすいのですが、監理団体は事務所に行っても書類調査しかすることができません。
監理団体は非営利ということになっていますが、実際には営利目的のところも多いと思います。また、実習先として農業・建設・食品が急激に増えたため、監理団体が産業の実情をよく知らないという問題もあります。
例えば農業でどうして不正が起きるか。農業では気温の高い日が続くと農作物の育ちが早くなり、実習生が休みなしで収穫するということが起こりえます。そんなことは東京の監理団体にはわからないし、実習生が倒れても何もできません。
建設業では大きな声で指示することがよくあります。日頃、実習生を「ガイコクジン」としか呼ばない職場で、わからない日本語で、大声で言われると「怒鳴られた」と受け取ります。日ごろのコミュニケーションが大事なのです。日ごろから社長が実習生を彼らの名前で呼び、ゆっくりとわかる言葉で話していれば、大声で指示されたとしても彼らは怒られたと思わないのです。そういうことを監理団体が指導できないから「暴言」さらには暴力となり、結果として実習生の失踪者の5割が建設業(令和3年)ということになるのです。
こういう実態を知ると、実は実習生をめぐる問題は産業別の課題が大きいということになるのです。厚労省と法務省だけの課題ではないのです。
この問題意識のもとに、私は産業を管轄する省庁とも話し合いを始めています。経産省には厚労省と法務省と私の三者で縫製業の実態を説明しました。建設業であれば国交省、農業であれば農水省が今後改善の努力をしていかなければならないと考えます。

Q. 榑松さんは現在技能実習制度見直しの議論に参画されていると伺っています。その中で思うことを教えてください。

先に紹介した「コロナ禍の外国人実習生: 外国人実習生SNS相談室より」の本を出版した後、それを持って厚労省と法務省と技能実習制度について意見交換しました。その中で彼らと技能実習制度について意見交換しています。彼らからは産業別雇用政策の重要性には同意できると言われました。また、監理団体に対する監督強化という点でも一致しています。
一方で、現場における実務量過剰、職員不足という問題は続いています。これを解決していかなければいけないのですが、機構職員は3年で出向元に戻るという慣習があり、人材が育たないという問題があります。

Q. JP-MIRAIおよびJP-MIRAI会員への期待を教えてください。

JP-MIRAIに期待するのは受入れ企業の教育です。特に農業、建設、介護。この3つの産業はどうしても外国人労働者が必要です。この3つの産業は機械化できません。言葉のトラブルも多いです。きちんとした受入れのためには、外国人に対する教育だけではなく受入れ企業の職員に対する教育をしてほしいと思います。国は、外国人に対する教育は一生懸命指導しますが、受入れ企業の職員に対する教育はほとんど指導していません。
日本人がすぐ辞める介護の職場は人間関係の問題が共通しています。管理職から職員に対する言葉遣い、非常に厳しいしかり方、早口での指導などもあります。これでは外国人もすぐに辞めてしまいます。
建設現場では「大声」と「怒鳴る」の違いを知らないといけません。ゆっくりした言葉で、ジェスチャーもいれて「ア・ブ・ナ・イ」を教えれば大声で言っても「暴言」にはなりません。本来はこういった指導を監理団体がやらないといけないのですが、建設業を知らない監理団体ではできません。その中で問題が深刻化し、日本が外国人労働者から選ばれなくなることに危機感を持っています。知り合いのベトナム送り出し機関は、もう実習生を建設業に送らないと言っています。

<インタビューを終えて>
榑松さんには、お忙しい中長い時間をこのJP-MIRAIの取材のために割いていただきました。年間100人もの外国人の相談に対応し、無償で救済にあたる榑松さんの活動に心から驚くと同時に、現場で活動する榑松さんならではの、制度論にとどまらない現在の日本の外国人労働者受入れの問題を伺うことができました。この場を借りて感謝申し上げると共に、JP-MIRAIとして榑松さんのご意見を今後のJP-MIRAIの活動にしっかりと活かしていきたいと思います。

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