本企画では、会員各位の外国人受け入れ事例を紹介しています。
第11回でご紹介するのは、個人会員の吉開章さんです。やさしい日本語ツーリズム研究会の代表を務める吉開章さんは個人会員としてJP-MIRAIに参加され、2021年度下半期活動報告会での発表で会員相互の投票にて優秀賞にも選ばれています。
吉開さんの活動報告については右記のページの動画でも見ることができます。https://jp-mirai.org/jp/2022/10727/ (「第1部 会員活動報告会」の動画)
やさしい日本語ツーリズム研究会のウェブサイトは右記をご覧下さい。https://yasashii-nihongo-tourism.jp/
8月中旬に、JP-MIRAI事務局によりオンラインインタビューを実施しました。
Q. 吉開さん及びやさしい日本語ツーリズム研究会のプロフィールを教えてください。
私は株式会社電通に勤務しています。今まではデジタルミーティングの仕事をメインにしながら、海外支社のマネジメントも行っていました。
2010年に日本語教育に関心を持つようになりました。そのころ仕事でアジアの様々な国と接したり、フランス語を勉強し始めたのですが、ネットで日本語教育者とフランス語教育者をマッチングするシステムを通じて私がフランス語の作文を送ると、アルジェリアやモロッコからフィードバックが来て、彼らが日本語を教えてほしいということがありました。そのとき、フランス以外でフランス語を母語とする地域があること、日本語を教えてほしいというニーズがあることを知ります。
このようにして日本語教育に関心を持っていく中で日本語教育の資格を取り、Facebookで5万人の日本語教育の先生とつながりプロボノで世界中の学習者を支援してきました。その中で日本に来た外国人の困難を知り、何とかこれを自分の仕事にできないかと考え、「やさしい日本語」に注目しました
2016年、実家のある福岡の柳川市長に、観光客向けの「やさしい日本語ツーリズム」の企画を提案し、柳川市長のイニシアティブのもと、現地観光課が予算を獲得してくださったことで4年間「やさしい日本語ツーリズム」企画を実施しました。それを全国に広げるべく「やさしい日本語ツーリズム研究会」プロジェクトを立ち上げたのです。
Q. 吉開さんのJP-MIRAI入会の経緯について教えてください。
2017年に西日本新聞が主催した外国人関連シンポジウムにパネリストで出席したときに、公益財団法人日本国際交流センター執行理事の毛受敏浩さんと知り合い、その後毛受さんを通してJP-MIRAIのことを知りました。そして個人会員の制度を知り入会したのです。
Q. JP-MIRAIでは、会員企業・団体に、「責任ある外国人受け入れのための5つの行動原則」(https://jp-mirai.org/jp/about/code-of-conduct/)を実践して頂くよう呼び掛けています。下記の行動原則に関連する取り組みを教えてください。
行動原則3「私たちは、働く場と生活の場の両方で、外国人労働者との相互理解を深め、信頼関係を醸成します。」の実践をしています。7月5日の「会員活動報告会」では、やさしい日本語ラップ「やさしい せかい」の制作について発表させて頂きました。
やさしい日本語ラップ「やさしい せかい」
https://yasashii-nihongo-tourism.jp/yasashiisekai
「やさしい日本語ツーリズム」は年に1回クリエーティブを起用したビデオを制作しています。ある年は「やさしい日本語とは何か」のプレゼン動画、ある時はセブン・イレブンさんとコラボした日本人オーナーとミャンマー人店長の談話で、初めて「外国人労働者」に注目しています。
今回は、はっきり・さいごまで・みじかく言う「ハサミの法則」というやさしい日本語の心がけを楽しく学んでもらえるビデオを作りたいと思ったとき、「ラップ」を思いついたのです。「ラップ」はいろんな歌詞を盛り込めるので、日本にいる外国人の多様な悩みをとにかく盛り込むにはぴったりくると考えました。
自分の勤務する電通の社内にラップをやっている社員がいたので、彼らに相談しながらプロのミュージシャン、知り合いの映画監督を巻き込んでビデオを作りました。そこでは外国人の生の声を活かしたいと考え、普段から連携している明治大学の山脇啓造教授のゼミ生に協力を頂き、ゼミ生が地元中野区に住む外国人の皆さんとのヒアリングの場を設定し、学生と共にそれを歌詞に落としていきました。当事者と若者がかかわることで、リアルに表現する理想的な内容になったと思います。
このやさしい日本語ラップ「やさしい せかい」は無償で使用していただけるようにしています。皆様にどんどん使っていただくことで、やさしい世界を広めたいと思っています。
コロナの中でこのビデオを制作したので、人が集まって録音したり撮影するのが大変でした。明治大学が1日キャンパスを貸し切りで使わせてくれたのが大きかったです。またイーストウェスト日本語学校(中野区)にも協力して頂き、お盆休みの教室を貸して頂いて録音しました。コロナが収束していない期間の収録だったので健康管理に万全を期して収録し、山脇教授も「奇跡」というくらい無事に収録できたのが記憶に残ります。
Q. 制作後の反響はいかがでしたか?
再生回数も増え、日本語教育の関係者も見てくれて「涙が出た」という反応も来ました。私の知り合いのやさしい日本語関係者に見せたとき、その人も涙してくれました。異国でマイノリティとして過ごす中で「やさしい せかい」のビデオを見て感動したと。何度も見たという人も多く、音楽作品の力を感じました。
ビデオ制作過程で私が執筆・出版した『入門・やさしい日本語』の考えを盛り込みましたが、やさしい日本語を必要としているのは外国人だけでなく、視覚障がい、聴覚障がいの方でもあると考え、実際の当事者の方も呼んで出演して頂きました。
多様性を認め、社会の垣根を越えていくうえで「やさしい日本語」はとてもいい視点だと思っています。今後もその方向性で自分は活動していきたいと思っています。
YouTubeでは18言語の字幕を付けています。ラップの歌詞を1度やさしい日本語に翻訳し、それを18言語に翻訳しています。この動画の日本語YouTube字幕はオリジナルの歌詞と別な「やさしい日本語」になっているので、外国人の方にも理解できるようになっています。さらにそれをAI翻訳で18言語にしているので翻訳の精度も高くなっています。
「やさしい せかい」は、やさしい日本語を基点とし、手話を含む多言語で翻訳を付けることで、言葉の壁を解消するショーケースになっていると思います。
Q. 吉開さんの「やさしい日本語」の現在の普及活動について教えてください。
外国人に対する「やさしい日本語」は2019年から国策に位置付けられています。官公庁がこれに取り組んでいますが、今後は民間企業も取り組んでほしいと考えています。『入門・やさしい日本語』認定講師という講座をにほんごぷらっと(日本語教育情報プラットフォーム)さんと共同で開講し、全国に200名近くの仲間が広がりました。仲間のみなさんはやさしい日本語と「技能実習生」「介護」などのようにそれぞれの得意分野や関心分野との掛け算で取り組んでいます。それぞれの地域で外国人に継続的にサポートする人材が求められているし、自分もどんどんそのような仲間を作って国が課題に取り組む受け皿になりたいと思います。
Q. 企業の「責任ある外国人労働者受入れ」に関して、どんなことを感じますか。
外国人が日本人同様の日本語を話すのを待つのは時間もコストもかかりますが、日本人がやさしい日本語を覚えることはそんなに時間もかからず、費用もあまりかかりません。企業がやさしい日本語に取り組むということは、人材確保や育成において、圧倒的なコストカットにつながると思うのです。外国人の日本語教育は、誰か別な人が施して納品してくれるといった部材調達のような考え方が一番問題だと思います。日本人の話し方は多くの場合、曖昧で、文を濁し、ダラダラ言う傾向があります。はっきり、さいごまで、みじかく言う「ハサミの法則」を日本人の方が心得るだけでも、外国人に対して内容の70%は通じるでしょう。日本人が変わる方が、企業のプラスになるということを考えてほしいと思います。
もう1つ思うのは、「外国人の日本語が下手=能力がない」と考えることは極めて不当なことだということです。私たちが英語を話す時も間違いは避けられないし発音も違います。でも、話している内容を聞かずに形式だけで評価されるのは自分たちに置き換えれば怒りを感じる事態ですよね。そのことをJP-MIRAIにも皆さんにきっちり伝えてほしいと思います。
Q. JP-MIRAIおよびJP-MIRAI会員への期待を教えてください。
「やさしい日本語」は簡単ではないと思われがちですが、実は誰でも子供の頃は「やさしい日本語」で話していたはずです。適切な研修やワークショップで劇的に心がけを変えることができます。「やさしい日本語」をぜひJP-MIRAI会員の企業の中でも広げて欲しいと思います。それは外国人のためだけではなく、障がい者雇用の観点からも大事です。多様な方への「配慮」は企業において常に大事です。
JP-MIRAIは素晴らしい団体でもっともっと大きくなると思います。企業が多数参加しているし、JP-MIRAIの役割は大きいと思います。その中で「やさしい日本語」は非常に取り掛かりやすいテーマなので今後も注目してほしいと思います。
続いて、吉開さんおよび明治大学国際日本学部の山脇啓造教授の紹介を頂き、「やさしい せかい」のビデオに出演されたシリア人大学生のラーマさんにもオンラインで取材を行わせて頂きました。
Q. 日本に来た経緯、日本に来てから思っていたことについて教えてください。
シリアで2011年に内戦が起きて身の危険を感じ、2013年10月に母と兄と私の3人で日本に逃れることができました。この時は13歳でした。
日本に来て6か月は野良猫状態でした。難民申請をしたもののなかなか認められず、最初の6か月は家も借りられず仕事もできず何もできませんでした。6ヶ月後には在留資格が認められ、働けるようになり、1年半後には難民認定が降りて生活が保証されました。
日本に来ていろいろなことを経験しました。命が助かったことでほっとはしたものの、異国で暮らすことの不安でいっぱいでした。その中でも、何があっても自分の将来を作ろうと思っていました。
母が仕事を頑張る中で、自分は日本語を覚えて家族が自立できるようにし、いい将来を作ろうと思いました。その中でいろんなNPOやボランティアの方にお世話になって、大学に進学することができました。
Q. 「やさしい せかい」ビデオに出演するきっかけを教えてください。
明治大学の山脇ゼミの活動に参加する中で山脇先生にこのビデオ制作のことを教えて頂き、ゼミ生ではないのですが興味を覚えて参加しました。
Q. 「やさしい せかい」のビデオに出演してどんなことを思いましたか?
いろんな表現方法があるということを学びました。私もいろいろなところで多文化共生のことを話しますが、私がプレゼンテーションをして皆さんが聞いてくれるというのが普通です。それに比べ、ラップという形式は軽い気持ちで異文化の問題に触れることができるので魅力的だと思いました。社会マイノリティといわれる人たちが出演しているので、イメージだけではなく当事者(日本語が話せない外国人、耳が聞こえない人、目が見えない人など)と実際にビデオの中で触れることができることが魅力的だと思います。
Q. 日本人に伝えたいメッセージはありますか?
相手の立場になって考えてほしいと思います。昔、学校で「舌打ち」をしたことがあります。日本では怒りを表す表現だと思うのですが、シリアでは軽い気持ちで使う表現で、ギャップに驚いたことがあります。文化の違いがあることを理解してもらえればと思います。
一方で、外国人に会ったときにどう接していいかわからないという日本人は多いと思いますが、同じ人間だし壁を作る必要はないと思います。変に意識する必要はないと思います。そういう意識とか壁が少しでもなくなればいいと思います。偏見とかステレオタイプとかイメージとかを取り払って、一個人として皆さんと接してほしいと思います。私はシリア人だけど、シリアを代表しているわけではありません。個人として接してほしいと思います。
<インタビューを終えて>
吉開さんおよびラーマさんには、お忙しい中長い時間をこのJP-MIRAIの取材のために割いていただきました。この場を借りて感謝申し上げますと同時に、JP-MIRAIとしても吉開さん、ラーマさんのご意見を今後の活動にしっかりと活かしていきたいと思います。